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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)2529号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

宮崎定邦

田中秀雄

被告

川口雅之

右訴訟代理人弁護士

森川憲二

多田徹

主文

一  被告は、原告に対し、金一四三七万三〇五一円及びこれに対する平成四年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二三六〇万八一一三円及びこれに対する平成四年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成四年四月二八日午後一一時二〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市兵庫区石井町五丁目一番四号先路上

(三) 事故態様

被告運転の普通乗用自動車(神戸五〇そ二一九六)が、原告運転の自転車に、後方から追突した。

2  責任原因

被告は、右普通乗用自動車の運行供用者である。また、本件事故に関し、被告には前方不注視の過失があった。

したがって、被告は、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は、原告に生じた損害額である。

第三  争点に対する判断

右争点に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

一  原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害等

まず、原告の損害額算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害等について判断する。

甲第二号証の一及び二、第三号証の一ないし三、第四号証の一及び二、第五号証の一ないし四、第六号証、第七号証の一及び二、第八、第九号証、第一〇号証の一及び二、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一ないし三、証人藤木英生及び同末永生也の各証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件事故後、救急車で由井病院に搬入され、応急処置を受けた後、救急車で川北病院に搬送された。

なお、川北病院の医師による当初の原告の傷害名は、顔面挫創、鼻骨骨折、右膝裂創、上下肢擦過傷、上歯列骨折、頭部外傷、頸椎捻挫である。

2  原告は、川北病院に、平成四年四月二九日から同年六月二七日まで、同年七月二〇日から同月二二日まで、同年九月二一日から同月三〇日まで、平成五年四月五日から同月一一日までの間、それぞれ入院した(入院日数合計八〇日)。

また、原告は、同病院に、平成四年六月二八日から同五年七月一四日まで通院した(実通院日数三九日)。

さらに、原告は、佐野形成クリニックに、平成四年六月二一日から同五年七月一四日まで通院した(実通院日数五〇日)。

なお、川北病院と佐野形成クリニックとは提携関係にあり、原告は、右両医療機関で、主に鼻骨骨折及び右膝裂創の治療を受けていた。

3  原告は、長瀬歯科医院に、平成四年五月六日から同年七月一四日まで通院した(実通院日数一〇日)。また、原告は、医療法人社団福美会国際ビル福岡歯科(以下「福岡歯科」という。)に、同年八月六日から同年一〇月一四日まで通院した(実通院日数六日)。

なお、原告は、長瀬歯科医院で前装焼付陶材冠ブリッジの補綴処置を受けたが、その形態と色調に不満をおぼえ、福岡歯科で改めて別の前装焼付陶材冠ブリッジを作成し、装着を受けたものである。

4  この他に、原告は、山本眼科に平成四年六月一一日に、神戸大学医学部附属病院眼科に同年七月二日に、それぞれ通院した。

5  原告は、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、歯牙障害、醜状障害、神経症状のそれぞれについて、自動車損害賠償保障法施行令別表一四級二号(三歯以上に対し歯科補綴を加えたもの)、五号(下肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの)、一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当する旨の認定を受けた(当事者間に争いがない。)。

なお、原告は、右後遺障害はそれぞれ同表の一三級四号(五歯以上に対し歯科補綴を加えたもの)、一二級一四号(女子の外貌に醜状を残すもの)、一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する旨主張する。

しかし、原告と被告との間では、後遺障害による逸失利益及び慰謝料は、同表の該当級によって演繹的に定まるものではなく、具体的な労働能力の喪失率及び個別的具体的な事情による精神的損害の程度によって定まるものであって、同表の該当級は一応の基準というにとどまるから、ここで右主張について判断する必要はなく、必要に応じて、後に判断することとする。

二  損害

1  治療費(被告既払分を除く。なお、いずれも、掲記の証拠の他に、原告本人尋問の結果を事実認定のための証拠とした。)

(一) 川北病院

甲第六号証により、金四〇三万円八一〇〇円を認めることができる。

なお、被告は、右治療費は、全入院日数について個室を使用するなど過大である旨主張する。しかし、前記認定の原告の傷害の部位、程度、甲第一号証により認められる原告の年齢(本件事故当時満二四歳の女性)、甲第六号証により認められる室料差額(一日当たり金七一六五円)等一切の事情によると、右治療費がすべて本件事故と相当因果関係のあることを優に認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 佐野クリニック

甲第七号証の二により、金三五万二〇五七円を認めることができる。

(三) 長瀬歯科医院

甲第八号証により、金八九万三四一〇円を認めることができる。

(四) 福岡歯科

前記のとおり、原告は、長瀬歯科医院で前装焼付陶材冠ブリッジの補綴処置を受けたが、その形態と色調に不満をおぼえ、福岡歯科で改めて別の前装焼付陶材冠ブリッジを作成し、装着を受けたものである。

ところで、甲第八号証によると、長瀬歯科医院の治療費のうち、前装焼付陶材冠ブリッジに関する費用は、同証に「メタルボンド」として記載されている金六〇万円であることが認められ、それ以外の金二九万三四一〇円は、診察料、投薬料、その余の処置料(治療用義歯、暫間固定)、手術料、画像診察料であることが認められる。また、甲第九号証によると、福岡歯科の治療費金五四万円は、すべて前装焼付陶材冠ブリッジに関する費用であり、その余の費用は請求されていないことが認められる。

そして、前装焼付陶材冠ブリッジは、複数個作成される必要は認められないところ、右金額を比較して、後から作成された福岡歯科の分は、本件事故と相当因果関係がないとするのが相当である。

(五) 山本眼科

甲第一〇号証の一により、金五一六〇円を認めることができる。

(六) 神戸大学医学部附属病院

甲第一〇号証の二により、金六一七九円を認めることができる。

(七) コルセット・眼鏡・コンタクト等

甲第一〇号証の三によりコルセット代金四万六八二〇円、同号証の四ないし六により眼鏡、コンタクトレンズ代等として金一〇万二二五五円を認めることができる(同号証の四ないし六の合計金額は金一〇万二二七九円であるが、原告の主張がこれより過小のため、原告の主張にしたがう。)。

以上合計は、金一四万九〇七五円である。

(八) 文書料

原告本人尋問の結果の中には、文書料金五万円以上を要したとする部分がある。

しかし、甲第三号証の一、第七号証の一及び二を除いてこれを裏付けるものはなく、右各書証によると、右各書証にかかる文書料は治療費として計上済みであるか、被告が加入する保険会社が負担していることが認められるから、結局、文書料を認めるに足りる証拠はない。

(九) 小計

(一)ないし(八)の合計は、金五四四万三九八一円である。

2  入院付添費

前記認定の原告の傷害の部位、程度、甲第一五号証の一ないし三により認められる入院中の原告の状態によると、当初の入院期間である平成四年四月二九日から同年六月二七日までの五九日間は、近親者の付添が必要であったものと認められる。

そして、入院付添費は、一日当たり金四五〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金二六万五五〇〇円となる。

計算式 4,500×59=265,500

なお、本件全証拠によっても、右期間を超えて近親者の付添が必要であったとまでは認めることができない。

3  入費雑費

入院雑費は、前記認定の入院期間八〇日間につき、一日当たり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金一〇万四〇〇〇円となる。

計算式 1,300×80=104,000

原告本人尋問の結果によると、原告の主張する入院雑費は洗面器、洗面道具、スリッパ、スプーン、パジャマ、テープ、洗髪用品等であるが、これらの中には入院しなくとも必要であるもの及び退院後も使用することができるものが含まれることは明らかであり、右金額を超える入院雑費を認めるに足りる証拠はない。

4  通院交通費

甲第一二号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告の通院のための交通費として、金一一万五二六〇円を認めることができる。

なお、原告は、家族の交通費として金三万四四〇〇円を主張するが、付添のために必要な交通費は前認定の入院付添費に含まれているものとして算定しているから、これと別途に認めることはできない。

5  物損

甲第一二号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の発生した日には、原告は就職活動のためルフトハンザ航空の面接試験を受けにいったことが認められる。

しかし、原告本人尋問の結果によると、原告の主張する自転車、洋服、鞄、時計、靴の損害金四九万三〇〇〇円は購入価格であることが認められ、洋服、鞄、靴等は、新品と一度でも使用した物との間には厳然たる価格の差があることは当裁判所に顕著であるから、これらを考慮した上で、物損を金二〇万円とするのが相当である。

6  休業損害

甲第一三号証の一及び二、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の前である平成四年二月にそれまで勤めていた日本電気株式会社を退社したこと、原告の平成三年の年間収入は金二七五万九三六〇円であること、本件事故当時、原告は、就職活動中であったこと、原告は、平成四年一二月二一日から富士ゼロックス株式会社に就職していることが認められる。

これによると、原告には、本件事故当時、就労の意欲も能力もあったことが認められるから、本件事故のあった日の翌日である平成四年四月二九日からの休業損害を認めるのが相当であり、転職に要する相当期間は休業損害が発生していない旨の被告の主張を採用することはできない。

また、右事実及び前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、原告が就労を開始した日の前日である平成四年一二月二〇日までの分の休業損害を認めるのが相当である。

したがって、休業損害が発生した期間は二三六日間であり、算定の基礎となるべき収入を前記平成三年の年間収入である金二七五万九三六〇円とするのが相当であるから、休業損害は、次の計算式により、金一七八万四一三四円となる(円未満切捨て。以下同様。)。

計算式 2,759,360×236÷365=1,784,134

7  後遺障害による逸失利益

甲第二号証の一、第三号証の二、第一五号証の三、検甲第三号証、第四号証の一及び二、証人末永生也の証言によると、原告には、外傷性膝蓋骨滑液のう腫の傷病が生じたこと、左膝前部及び右膝後部に瘢痕拘縮性ケロイドが残っていること、右膝後部のケロイドはほぼ「E」の字を逆さまにした形からなり、長さ一一〇ミリ、幅一八ミリの辺、長さ二八ミリ、幅一三ミリの辺、長さ四六ミリ、幅八ミリの辺、長さ五四ミリ、幅一二ミリの辺、長さ四七ミリ、幅一二ミリの辺からなっていて、赤黒く変色したケロイドが肌から盛り上がっている上、右各辺と直交する多数の縫合痕も残っていること、左膝前部のケロイドは、長さ五五ミリ、幅一五ミリの範囲をギザギザに進む幅約三ミリの痕跡となっていること、右ケロイドによる痛みは、年をとるとともに増幅されるものであることが認められる。

そして、甲第一三号証の一及び二、原告本人尋問の結果によると、本件事故前と本件事故後とでは現実に原告の収入が減少していることが認められ、これらによると、原告の労働能力は、原告が就労を始めた満二五歳から、原告の主張する稼働可能年齢である満五五歳までの期間を通じて、五パーセント喪失されたものとするのが相当である。

また、右算定の基礎となる収入は、前記原告の平成三年の年間収入金二七五万九三六〇円とするのが相当であり、本件事故時(原告は満二四歳)における現価を求めるための中間利息の控除については新ホフマン方式によるのが相当であるから(三一年の新ホフマン係数は18.4214、一年の新ホフマン係数は0.9523)、後遺障害による逸失利益は次の計算式により、金二四一万〇一七六円となる。

計算式 2,759,360×0.05×(18.4214−0.9523)=2,410,176

8  慰謝料

当事者に争いのない本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、本件事故によって原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金四五〇万円をもってするのが相当である。(うち、後遺障害の慰謝料に対応する分は、金三〇〇万円。)。

なお、事案の内容に即し、後遺障害による慰謝料につき、補充する。

まず、原告は、長さ三センチメートル以上の線上跡が原告の鼻の右側に存在し、しかも斜鼻変形と短鼻変形もあって、外見上口の部分がゆがみ、顔が多少変わってしまっている旨主張する。

そして、甲第三号証の三、検甲第一号証の一ないし三、第二号証の一及び二、原告本人尋問の結果によると、原告の右主張が一応認められる上、原告が本件事故当時満二四歳の未婚の女性であったこと、本件事故直後の顔面のゆがみは、相当顕著であったこと、本件事故後、原告が笑顔に対する自信を喪失したことが認められるなど、これにより原告に慰謝すべき精神的苦痛を与えたことを否定することはできない。

しかし、弁論の全趣旨(具体的には、原告の本人尋問の際の当裁判所の直接の見分)によると、現時点においては、原告の鼻のゆがみは、指摘されてはじめてその存在が認められる程度のものであり、もとより、他人に不快感を与えるという性質のものでは全くなく、その存在にもかかわらず、原告の外貌は十分に魅力的であることが認められる。

第二に、原告の下肢部の瘢痕拘縮性ケロイドについては、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、自動車損害賠償保障法施行令別表一四級五号(下肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの)に該当する旨の診断を受けたことは当事者間に争いがなく、原告も、これを超える等級に該当する旨の主張はしない。

ところで、原告の下肢部の瘢痕拘縮性ケロイドの状態は先に認定したとおりであるが、原告本人尋問の結果によると、若い独身の女性である原告が、右各瘢痕に苦痛を感じ、日常生活においてもその影響が及んでいるのみならず、将来の恋愛・結婚等に対して少なからぬ不安を覚えていることが認められ、かつ、客観的に考えて、原告がこのような精神的苦痛を感じるのも当然のことであるというべきである。

しかし、恋愛・結婚をはじめとして、人間としての魅力が、単なる外面上の美醜ではなく、本質的には、その人の内面的な輝きによって決せられることは他言を要しないところでもあり、弁論の全趣旨(具体的には、原告本人尋問における原告の陳述態度)によると、本件事故による右後遺障害にもかかわらず、原告の内面的な魅力は何ら失われていないことが認められる。

そして、これら本件にあらわれた一切の事情を考慮して、前記の慰謝料を算定した次第である。

9  小計

1ないし8の合計は、金一四八二万三〇五一円である。

三  損害の填補

原告の右損害のうち、金一七五万円についてはすでに損害の填補を受けたことについて、当事者間に争いはない。

したがって、右金額を原告の損害から控除すると、金一三〇七万三〇五一円となる。

四  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金一三〇万円とするのが相当である。

第四  結論

よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官永吉孝夫)

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